ピアノを習い始めて数年たつと

「メヌエット」という曲名に 何度か出会うことになります。

大抵の生徒さんは

バッハ作曲「メヌエットト長調」の事だと思い

「それ、知ってる〜!前、弾いたよ〜!」と 嬉しそうに言います。

その度に先生は

「メヌエットは踊りの種類の事を言っていて メヌエットという曲は沢山あるのよ〜

沢山の作曲家が作曲しているの。」と 説明はしますが

中々、伝わりにくいようです。

そこで、素人ながら

軽〜くメヌエットのステップでも 踊ってみようと調べた所、

凄い歴史が出てくるではありませんか! Σ(゚д゚lll)

 

以下は浜中康子先生の著書とインターネット検索により
自分なりにまとめたものです。

栄華のバロック・ダンス―舞踏譜に舞曲のルーツを求めて
浜中 康子 音楽之友社 2001-01-01
売り上げランキング : 118653

by ヨメレバ

ルイ14世とバロックダンス

メヌエットはバロック時代に踊られていたので

今ではバロックダンス、古典舞踏などと 呼ばれいます。

メヌエットがどの様なダンスなのか調べると

避けては通れない人物がいます。

それがフランス国王ルイ14世です。

ルイ14世

ルイ14世

ルイ14世はフランスにベルサイユ宮殿を作りました。

「鏡の間」が有名です。

ベルサイユ宮殿

ベルサイユ宮殿

ルイ14世はダンスが得意でどんな貴族より上手でした。

「夜のバレエ」で太陽の神アポロンを演じたことから

ルイ14世は太陽王と呼ばれるようになります。

その「夜のバレエ」で踊り手として

ルイ14世と一緒に出演していたのが

ジャン・バディスト・リュリです。

ダンス教師は演奏家と作曲家でもあった。

この当時のダンサーは

踊りだけでなく、楽器の演奏と作曲家も

兼ねていました。

リュリもその一人で

ルイ14世に「夜のバレエ」共演以降気に入られ

宮廷音楽家として最高位に上り詰めていくのです。

 

王立アカデミーが作られる。

ダンス好きのルイ14世は

ダンサー達を庇護し

・王立ダンスアカデミー

・王立音楽アカデミーを設立します。

クラシックバレエの原型ができる。

ルイ14世に信頼されていた

ダンス教師ピエール・ボーシャン

現在のクラシックバレエ基本でもある

5つのポジションを定め、

舞踏譜を最初に研究したのでした。

その後、

ダンス教師ラウール=オージェ・フイエ

ボーシャンの舞踏譜を改良し

「コレオグラフィ」を出版しました。

この「コレオグラフィ」は二人の名前を取り

「ボーシャン・フィエシステム」と言われるようになりました。

 

ルイ15世時代には

ダンス教師ピエール・ラモー出版による

「ダンス教師」には

ステップ、お辞儀、礼儀などが書かれており

舞踏会の様子がわかるようになりました。

ルイ14世のおかげ。

そんなわけで、ルイ14世のおかげで

ベルサイユ宮殿は豪華絢爛になり

バロックダンス、バロック音楽も

盛んになっていったのです。

そしてメヌエットなどの

バロックダンスのステップも

舞踏譜のおかげで現代の私たちも

踊れるようになったのです。

メヌエットの歴史は奥深ーい!!
まだまだつづく・・・


西多摩地域 ブログランキングへ